善悪の木の実を何故食べてはいけなかったのか!

「アリスさん!おはようございます。朝晩は寒くなりましたね。ワンちゃんたちは元気ですか?」

「うさぎのラビットさん!」三匹のうち、ワンちゃんのヒナちゃんが寒いとすぐお腹を壊します。一昨日もハウスの中で少し吐き戻しました。食事の時、粉にしたビオフェルミンを混ぜて与えているのですが、時に便が緩くなりますので洋服を買ってきて着せています。

「アリスさん!私も昨日こたつを使い始めました。明け方のお祈りはさすがに寒くて腰が冷えてきますから、眠くならない程度にヒーターを入れています。」

「うさぎのラビットさん!」今日はアダムとエヴァが善悪の木の実を何故食べてはいけなかったのか!と言う副題でしたね。

「アリスさん!一昨日のお祈りの時にそれは閃きました。」

「うさぎのラビットさん!」是非聞かせてください。

「アリスさん!私は10年ほど前に副収入を得る方法としてアパートを建てることにしました。ローンを組むことができ、目途がついたので毎月返済をしてきました。不動産屋さんの管理の元、順調に推移してきましたが、最近になって空き室が出てきました。そこで思い切ってアパートを処分することにしたのです。

管理を任せているAという不動産業者が持ってきた話は、売値がローン残高に及ばず、売れても借金が残ってしまう話でした。Aは今景気が落ち込んでいるのでどうしようもないと言います。しかし売却しても借金だけが残ってしまうのでは困るので、Bという別の不動産業者に打診してみました。Bは以前お世話になったことがあり、誠実な性格もあって今回は任せることにして契約書に判子をつきました。専任媒介契約書と言うものです。専任以外の不動産業者が持ってきた物件が契約されたときも、その不動産屋は手数料を専任不動産業者と折半しなくてはならないという決まりなのだそうです。」

「うさぎのラビットさん!」何だかややこしい話ですが、今日の善悪の木の実とどう結びつくのですか?

「アリスさん!個人的な事で申し訳ありません。Aの不動産業者がどうの、Bがどうのという話をするつもりはありません。それぞれ私も含めて三者とも思惑が違います。私は売ってローンの残を解消したいし、AもBも不動産と言う仕事である以上、少しでも利益を出したいのはこの社会では当たり前に通っています。Aは自分の会社で自営業者であるのに対し、Bは比較的大きな不動産会社の営業マンです。思惑が錯綜します。私は神様を知らない時、こういう場面に遭遇したらきっとより高く売却できるように考えたに違いありません。でも立ち止まって考えたら、自分がこれこれしたいと願っていることはそれぞれ思惑が違います。つまり人間の頭ではどんなに考えても正しい答えが出てはこないのです。」

「うさぎのラビットさん!」それでも早く解決すると良いですね!

「アリスさん!今度のアパート売却に関しても私を含め三人三様考えが違います。それぞれ思惑があって、私は売却して借金を返済したい。Aは自分が専任になりたかった。Bはとりあえず今は順調。などと全く考えが違います。そのどれも正しいとは言い難いのです。自分の都合を言っているだけです。神様は感情で物事を考えてはいけない!と仰っています。これだけのことなのに人間は善悪を決めることができないのです。神様がアダムとエヴァに善悪の木の実を食べてはいけない!と厳しく言っていたのは、人間が自分で善悪を判断すると、自分の目線と都合でしか物事を考えなくなるからです。神様から愛想をつかされエデンの園を追い出されたアダムとエヴァは、自分たちの息子のアベルとカインが殺人者とその被害者になるという考えられない不幸に見舞われました。神様の裁きは本当に厳しいものです。私は今、不動産売却という現実の中で、神様にすがっています。答えは神様にすがって結果がどうであれそれに素直に従うのが正しい答えだと確信しています。

今、サタンがイルミナティ(悪魔崇拝者)に愛想をつかし、攻撃しています。神様が許諾されたのです。安倍晋三も麻生太郎も散々です。来年は益々彼らは追い詰められるでしょう。どんなに取り繕おうと、下っ端を使ってつじつまを合わせようと国民は今の政権の実態をしっかり見ています。森友問題の後は加計問題、無理やり引っ込めたと思いきや 今度は桜を見る会で次々と矛盾が暴露されています。神様は決して人々に知られないように裁いています。でも私にはわかります。神様は本当に彼らに怒っています。それでも彼らをすぐ始末はしないでしょう。彼らの狼狽ぶり、デタラメを国民に見せています。この時こそ目が覚める人は覚めるでしょう。神様の願い(御心)は一人でも多くの人が救われ、この地に義人が統括する世界ができることです。アダムの失敗から6000年はあと3年で終わります。神様は必ず予定通りことを進められます。」

「うさぎのラビットさん!」わくわくするような楽しい話でした。

宗教って何?カルトとどう違うの?

「アリスさん!久しぶりですね。早いものでもう今年も終わりです。残りひと月どのように過ごしますか?」

「うさぎのラビットさん!」今年は生活面では犬のハナちゃんの目が見えなくなって、世話が大変でした。霊的には(精神面では)御言葉通りに生きる事を命題にしてきましたから、明け方のお祈りも、すぐ集中できるようになりました。四六時中、神様に意識を向けなさいという御言葉がたびたび出ていました。実行していくと、そんなに意識しなくても頭のどこかで常に神様を意識するようになります。

「アリスさん!信仰もだんだん深くなってきましたね!」

「うさぎのラビットさん!」先日、親戚のおばさんの3回忌がありました。僧侶が来てお経をあげていきましたが、急に葬式ができたという事で、30分始まりが繰り上がり、お経も随分短いものでした。それでもわずかな時間のお経で(えーっ!!)と言うぐらいの請求が来たようです。その前には庫裏を建てるからという事で、一口百万円のお布施と称してお金を集めたようです。

「アリスさん!最近はお寺離れする人が多いようです。庫裏と言うと何かお寺の改修か何かと勘違いする人もいるようですが、寺の坊主や息子の家を新築することですからね!」

「うさぎのラビットさん!」どおりでまだ30にもなっていない若い僧侶がちょっとした豪邸に住んでいるわけです。

「アリスさん!お寺離れが言われ始めてすでに久しくなっています。私も父親とお寺の本堂に上がって、位牌をお参りしたことがありましたが、ひな壇に並べてあった位牌がいつもの場所にありません。父親が蒼い顔をして探しましたがありません。いつもなら段の中腹にあったのにありません。やっとのことで探したら一番下の端にありました。はっと気が付いた父親は先日の法事でお礼(お金)を忘れたと言っていました。慌てて払ってきたようですが、次回に言ったら元の段におさまっていました。(地獄の沙汰も金次第・・・)とつぶやいた父親の言葉を思い出します。」

「うさぎのラビットさん!」最近は家族葬とか樹木葬などが注目されているようですが、死後も随分お金がかかります。聖書にも御言葉にもそんな事は一切言ってないのにそれを当たり前と考えている人たちが多いことにびっくりします。貧乏人は死後も救われませんよね!

「アリスさん!世間で言うカルトと、宗教とは一体どこがどう違うのか神様に問うてきました。そしてあることを思い出させてくださいました。」

「うさぎのラビットさん!」是非聞かせてください。

「アリスさん!もうしばらく前になりますが、ある展示会場に行った時のことです。その展示会場は暖房器具やいろいろな物産を紹介しながら即売会もしているところでした。そこでは多くの展示ブースが並んでいて、メーカーや卸問屋が取扱商品を展示して招待された小売店や個人に販売するシステムになっていました。その展示会でひと際売り上げをあげている女性がいたのです。私もその女性の販売方法に興味がありましたから覗いてみました。ところが私の予想を裏切って、その女性の売り方は買ってください!買ってください!の押しの一手なのです。びっくりしました。ストーブやファンヒーターなどの暖房器具を売るのですが、お客さんが他のメーカーとどう違うのか訊ねているのに、私どものメーカーが良い!の一点張りです。その女性は特別美人でもなくごく普通に見えましたが、押し売りをしてもあんまり嫌味を感じない人でした。お客は諦めるのか その女性の一途さに負けるのか、結局買う羽目になるようでした。」

「うさぎのラビットさん!」その女性の売り方とカルト宗教とどう関係するのでしょうか?

「アリスさん!もう一つあります。知り合いの美容師をしている人ですが、お客の一人から とてもためになる話があるので一緒に聞きに行きましょうと半ば強引に誘われて着いていったのだそうです。その会場に着くと、ごく普通の家で畳の部屋に通され、どんどん中に詰められて前後左右身動きが取れない状態にされたそうなのです。トイレにも立てなくてそこに座っていると、話をする人をサポートするように幾人かの人も来て、周りに座っている人たちは 話に聞き入り、感心したようにうなずいていたのだそうです。話など聞く余裕もなく長い間辛抱していたようですが、帰る時にはへとへとになっていたようです。」

「うさぎのラビットさん!」私も似たような話を聞いたことがあります。本来 宗教は言葉でこういうものだ!と簡単に説明できません。辞書で引くと宗教の宗は言葉で表されないもの、教は言葉で表す事とあります。言葉で表せないものを言葉で納得させるのですから、それを信じるかどうかです。カルトはそれを一切省いて強引に勧誘させます。ラビットさんが経験した展示会の女性も、この製品がどうして優れているのか、どのような欠点があるのか説明なしに感情に訴えて買わせます。院号をつけると良い所に成仏できるとお寺の坊さんが言うのを何べんも聞きました。そしてその理由を正確に答えてくれた人は誰もいません。」

「アリスさん!私たちは神様が存在していることを、徐々に徐々に確信するようになりました。それは明け方にお祈りするようになって、自分のしてきたこと、したことを心から悔い改めていくうちに信じられるようになりました。何故ならお祈りが終わると、心がさっぱりするのです。そしていろいろな不安や心配が解消されていくのが分かるのです。全くなくなるのは私にはまだ無理です。信仰が進んでもっと深まればそれも解消する気がします。そんな予感がするのです。神様と生きるのはとても厳しいですが、その道に行けば間違いなく心に平安が作れるのを実感できます。今日は説明の仕方がまずくて、わかりにくかったと思いますが、もっともっと勉強して、こうするとあなたの問題が解決しますよ!と話していきたいです!」