神様を知ると、退屈している暇はありません!

「うさぎのラビットさん!」実は昨日の法事で、読経が済んで、皆で祖母の墓にお参りをしました。そのお寺は檀家が沢山あるので、次々と周りの竹やぶを取り壊して、新たな墓地を増設していました。叔父の一人が、これからは我々団塊の世代が死んでいく番だから、墓地の増設は機敏な判断だね!などと言います。

私は坊主が(ご一緒に読経を・・)と促して(南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏・・・)と周りが読経するのを見ていました。阿弥陀仏はサタンです。南無は帰依しますと言う意味ですから、(サタンに深く信仰します。)とはとても唱和する気にはなれませんでした。これだけのことでお寺は何万も請求するのですから、どこに救いが?と疑います!

「アリスさん!今、お寺離れが加速しているようですね。どこそこを直すから、一口何十万を・・・。などと半強制のように寄付を募るのは、さすがに、皆嫌気がしています。」

「うさぎのラビットさん!」今日は(夫源病)の話でしたね!叔父たちは退職後、別会社に再就職したり、ワーキングシェアを利用しています。75歳までは働くとも言っていましたね。定年と言う言葉で、私はプールで知り合った中年夫婦を思い出しました。まだ50代の人でしたが、毎日が退屈で、朝起きると、その日一日をどのように過ごすのか考えると言っていました。毎日、アイデアが浮かぶはずもなく、だらだらと一日を過ごしてしまうこともあるとため息をついていました。私が(退屈は人を成長させませんか?)と言うと、妙にその言葉が気に入ったみたいで、あっちこっちで話したみたいです。

(定年後、図書館に集まる人々)

「アリスさん!私たちは神様を知りました。神様は絵に描いた肖像画でも、石や金属でできた偶像でもありません。神様は現実に生きているのです。それはアリスさんも実感していると思います。それはお祈りをしている時に一番感じると思います。聖書の核心は(思いと心と精神を尽くして神様を愛すること!)です。世間で言われる神様は、お願いすれば叶えてくれると考えられています。でも本当の神様は何もしないで願い事を叶えてはくれません。思いと心と精神を尽くして神様を愛さなければ、どこかへ行ってしまいます。

愛することは大変な努力が要ります。悔い改めをして、聖書を理解し、様々なことを悟る必要があります。男は神様に・・・。女は聖霊様に・・・。その目標に到達するには、毎日をブラブラしたり、適当にやっていては神様からどんどん置いて行かれます。そんな悠長な時間はありません。

(頑張るぞ!)

神様はギブ アンド テイクの神様だと何度も話してきました。やれば神様は祝福してくださいます。やらなければ去っていきます。神様への道は本当に狭く厳しい道です。でもその祝福は限りなく喜びにあふれ、不安や心配などないと同じです。神様のIQは天文学的な数字だと話しました。どんな天才でも神様とは比較になりません。

(私も頑張るわよ!)

アリスさんのお話を聞いて、団塊の世代が神様につながってくだされば、この日本は間違いなく変わるでしょう。退職をして退屈な日々など考えられません。団塊世代は競争が激しく、根性がある人もきっと多いと思います。一人でも多くの人が神様に目覚め、繋がってくださることを祈っています。」

「うさぎのラビットさん!」ありがとうございます。叔父たちはプライドがありますから、簡単には受け入れないと覚悟していますが、心がかたくなにならないようお祈りします。喉の乾いた馬を水場に案内することはできても、水を飲むか飲まないかは馬の意志による!という話を聞いたことがあります。神様は年末にかけて、人を羊と山羊に分けると仰っています。神様の前では人は従順に従う羊でなければなりません。自分勝手に行動する山羊は追い出されます。もうじき今年も終わりです。一人でも多くの人が神様につながりますように!