このどこまでも深い日本の闇。その2

「アリスさん!日本を支配しているのは、生長の家、そして日本会議であることが分かってきました。彼らは、天皇を礼賛し、改憲をして、自衛隊を国防軍に仕立て上げ、尖閣・北方領土・竹島などを火種として戦争を起そうと画策している連中です。この時代にまさかそんな・・・。と言う人のために再度証拠となるビデオを張り付けておきます。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本会議

「アリスさん!この日本会議のWIKIPEDIA の中で彼らは真っ先に皇室に言及しています。男系による皇位の安定的継承を目的とした皇室典範の改正。皇室の地方行幸啓の際の奉迎活動をうたっています。

つまり(天皇、皇室を敬え!)という事です。」

「うさぎのラビットさん!」真子様の結婚が延期にはなりましたが、高円宮の絢子様はめでたく日本郵船勤務の男性と結婚なさいました。皇室関係図を紹介しておきます。

https://www.asahi.com/special/koushitsu/keizu/

「アリスさん!それでは今日の本題に入ります。太平洋戦争は初期の段階では日本軍は満州を足掛かりに中国大陸に進出します。この戦争が本格化するのは真珠湾攻撃でアメリカに宣戦布告してからです。昭和天皇は海軍です。一方、東京裁判で死刑判決が下された東条英機以下7名を始め、処刑されたのはほとんど全員が陸軍です。この戦争は米英との戦いでしたから、大部分は海軍が引き起こしたものと言えます。真珠湾攻撃を断固主張し、他の参謀の反対にも関わらず、海軍の山本五十六は決行します。昭和天皇の絶対の信頼を受けていた山本は、アメリカ留学をしていたCIAの手先です。山本は真珠湾攻撃以降は鳴りを潜め、飛行機で移動中戦死したことになってはいます。

実際の真珠湾攻撃の情報はアメリカには筒抜けで、早くヨーロッパ戦線に加担したいトルーマンと、戦争拡大をしたい昭和天皇の思惑が合致した結果です。攻撃が成功したのを聞いたトルーマンと昭和天皇は狂喜乱舞したと言われています。

戦後、東京裁判で収監された東条英機は、尋問に答えて(我々「日本人」は陛下の御意志に逆らうことはありえない)と証言します。この証言が宮中に伝えられるや昭和天皇は焦ります。海軍の作戦を宮中の大本営で指導したのは昭和天皇です。戦争責任が海軍にあると分れば、責任が全部自分に来てしまい、絞首刑にされると考えます。

そこから(海軍善玉説)そして(陸軍悪玉説)を演出します。多くの作家(阿川弘之=阿川佐和子は娘)が、そのお先棒を担ぎます。阿川ていどの作家が、文化勲章を受章したのは海軍と昭和天皇の戦争責任を隠してくれた論功行賞でありました。東京裁判では東条英機以下7名の陸軍将校は絞首刑を宣告されます。

話は前後しますが、マッカーサーが来日し、昭和天皇と何回もあ話します。マッカーサーの話によると、昭和天皇は純粋無垢な人間で、話をしていて痛く感激したことになっています。

この写真ほど有名なものはありません。余裕をもってリラックスしているマッカーサーに対して、間の抜けた顔をして、何も知らない無辜の民を演じている昭和天皇が写っています。現人神と信じていた日本人は一様に驚いたと報告されています。昭和天皇は東京裁判のキーナン検事に宮廷筋から上流階級の女性たちを提供し、天皇が戦犯指名されないように工作します。当時、美女の代名詞であった原節子もマッカーサーに提供されたという噂すらあります。そういう多くの悲劇も生みました。」

「うさぎのラビットさん!」今日は又一段と凄い話ですね。これ以上続けて大丈夫ですか?

「アリスさん!私たちは神様に条件を立てましたよね!真実を明らかにする!と・・・。昭和天皇は若い頃から、宮中の書斎にナポレオンの胸像を飾っていました。(有名な話です)何故ナポレオン??実はナポレオンの軍隊の作り方に関心があったのです。ナポレオンは安上がりの徴収兵を、愛国心燃える軍隊に仕上げます。

昭和天皇は葉書一枚で招集された(民草)と言われる安上がりの兵隊を、ナポレオンの兵隊以上に愛国心燃える軍隊に仕上げました。赤紙一枚で、国民は戦地へと行かされました。そして、終戦の玉音放送が流れる日の朝、侍従が天皇を訪ねると、昨夜まであったナポレオンの胸像はなくなっており、代わりにリンカーンとダーウィンの胸像が置いてありました。占領軍が来た時に(戦争に無関心な人間だ!)との印象操作のためにダーウィンの像を置いたのです。天皇が海洋生物研究家になったのは、ただひとえに自分が専制君主ではなかったというポーズです。

天皇は(人間宣言)をした後、全国を巡行して歩きます。敗戦で、打ちひしがれた国民を激励すると称して、莫大な国家予算を使って行幸した時の姿は今も沢山の映像に残っています。

わざとすり減った靴を履き、軍部に騙された気の毒な天皇を演出したにすぎません。



昭和天皇は1901年生まれですので、巡行の頃はまだ40代後半です。わざと猫背にして60位の老人に見せ、何を質問されても(あっ!そう!)としか答えなかったことは有名ですが、自分は戦争を指揮したりしない、言われるがままの人間であったことを印象付けるためでありました。

アリスさん!今回はこれで終わります。次回はさらにこの話を掘り下げていきます。中国大陸への進出はアヘンを売り、天皇を筆頭に財閥がぼろ儲けしました。その核心人物は麻生太郎の祖父、吉田茂や、安倍晋三の祖父、岸信介でありました。そして今、麻生太郎、安倍晋三を中心に歴史を繰り返そうとしています。」

「うさぎのラビットさん!」一人でも多くの人が目覚めて、連中の悪行をストップさせなくてはなりません。これは神様と共にしないと、とてもできることではありません。祈ります!そして拡散していきます!

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です