どんなに艱難、苦難に会っても神様を信じて、生きてください!

「アリスさん!時系列に話をしてください。」

「うさぎのラビットさん!」彼女は娘さんが幼稚園児の時に、片目の異常を訴えます。網膜芽細胞腫という病気で、網膜に悪性腫瘍ができたために、眼球を摘出するという事態になりました。眼球の奥に私たちが見ている像を写す膜があります。眼球をカメラに例えると、レンズが眼球であるのに対し、網膜はそれを映し出すフィルムのようなものです。

その網膜に腫瘍ができる病気で、乳幼児に多いとされています。この病気は適正な手術を施せば、命に係わる病気ではありません。

https://ganjoho.jp/child/cancer/retinoblastoma/index.html

(網膜芽細胞腫=もうまくがさいぼうしゅ)

しかし、術後の処置が悪かったために、眼球を摘出した後、膿がたまり完治しませんでした。手術時の綿を眼球奥に置き忘れるなど、考えられないミスがありました。

術後、包帯をとって自分の片方の眼球がないのに気が付いた、娘の驚きと、悲しみは今でも忘れられないと言います。聞いている私でさえ頭が変になりそうでした。畳を手でさすって、自分の眼球を探し回ったと言います。

その後、娘さんは小児がんと診断され、半年間の入院生活を強いられます。抗がん剤治療が始まり、直に髪の毛が抜け始めます。当時小児病棟には10人前後の入院患者がいて、年齢も男女の区別もなく髪の毛は抜け落ちたとのことです。中には髪の毛をかきむしって、抜いてしまうお母さんもいたようです。毎日、抜ける精神的なショックを、少しでも和らげようとする母心だったのですね。

抗がん剤を投与されると、子供たちは皆、酷い吐き気に襲われ、食欲などあるはずもありません。中には高熱が出たり、とにかく大人でも大変きつい状態です。ましてや学校にも行っていない子供たちです。親たちは自分のこと以上に、辛い思いをしていたと思います。

先に入院していた子供が亡くなったりすると、ベッドが空になります。母親が泣いているのが聞こえると、明日は我が子か・・と堪らなく不安で、耳を塞いでいたと言います。

やがて、完治していないのに退院を促されます。主治医のカルテを持って、紹介された長野県の信州大学にセカンドオピニオンを聞きに行きます。その時、腰のあたりにある骨から、骨髄液を採取するのですが、麻酔をかけると後が大変だとの判断から、骨を割って骨髄液を取り出したそうです。その時の様子は、何人かの看護士が小さな娘さんを押さえつけて、骨を割り、注射で採取したのだそうです。病棟に響き渡る「ママ!助けて!助けて!」の声は今でも忘れられないと言います。

そして下された診断は「後、一年半の命だ」という事でした。帰りの中央線の中で、何も知らない娘さんを見ながら、涙が止まらなかったと言います。それからほぼ診断通りに、一年半後に娘さんは亡くなりました。

入院していた病棟の子供たちは、全員亡くなりました。保険が適用されたので、個人負担は少なかったものの、病院は潤ったでしょう。

ガンは存在しません!このことがもっと早く拡散していれば、娘さんの人生も大きく変わっていたでしょう。そして今また、ノーベル賞という権威をかさに、夢の新薬でも何でもない金儲けの抗がん剤をばらまこうとしています。抗がん剤は毒薬ですよ!こうして何度も何度も訴えているのに、届きません。

そのお母さんに、神様の話をしました。娘を亡くし、絶望の淵にいた人に(ガンは存在しませんよ!)と言うのは傷口に塩を塗るような行為です。ガンが存在しないと分かっても、娘を助けてやれなかったことが、後悔として残ります。でもやっぱり言わなくてはなりません。もう連中の好きにはさせませんよ!」

「アリスさん!凄いお話でした。不治の病としてガンを作り上げ、マスタードガスという毒薬から抗がん剤を作り、次々と人を殺していく今の医療制度。そのすべては金のためですね。

(国立がんセンター)を設立したのは、日本医師会の会長だった武見太郎です。

 

彼の系図は麻生太郎、そして皇室ともつながっています。


(日本医師会のロゴマーク=蛇はサタンを表しています)

「うさぎのラビットさん!」10月はその娘さんが亡くなった命日です。お母さんの方も聖書を読み、明け方のお祈りをしています。辛かったことを思い出すでしょうが、神様は必ず見ていてくださいます。悪党どもの滅びを願い、サタンに負けないように神様にお祈りしますね。